梅田望夫さんのいう未来のWeb時代あるいは仮想のシリコンバレーとは、まさにこういうことをいうのだと勝手に再認識した。ITにとどまらない、単なるバズワードでは済まされない、「Web2.0」や「ユビキタス」と言う言葉がたとえなくなったとしても、コンセプトが「ほんもの」ならば残るだろう。かつてのネットワークコンピューティングやマルチメディアがそうであったように。
この場所で出会った様々な方々に私は感謝する。そしてこれだけ多くのネットワークを作れたことを私はあえてこれから大切に「育てたい」と言う。既存のビジネスモデルのように「刈り取る」という言葉だけは絶対に使いたくない。そんな気持ちだ。
全く伝えきれないがそれでも感動をdoodleしてきた。全く国際化されていない会場とWeb2.0なのに撮影禁止という「ありえない」縛りの中でオライリー氏やエヴァン氏(Twiiter創始者)はあえてそれを許可し、幸運なことにわずかばかりだが一対一でのコミュニケーションの時間も取れた。
Twitterは突然出てきたラッキーなアプリではない。彼は失敗を繰り返し苦い思いもたくさんしながらも、Bloggerの次の「ゼロからイチ」を作り上げた。
私が今やっていることに、オライリー氏は自信をくれた。日本の慣習や土壌ではWeb2.0が本当の意味で来るのは困難と思われているが、海外の視点からWeb2.0の次にある「モバイル」「ユビキタス」「ロケーション(GPS)」は日本にもう来てしまっているという意味で一歩先に行っているのではないかとの見解があまりにも新鮮だった。
決して先に行っているのではなく、進化の道筋が違うだけだとは思うが、それでも、少しは自信を持っていいんだという気持ちになれた。
諏訪へ移住して一年が過ぎ、どうにかこうにかサバイブする中で、自分はいままで大きな組織の中にいるうちに「強い人間」だと思っていたことが、実はあまりにも「弱い人間」だと言うことを知った。
いや、知ったという言葉は格好の付け過ぎだ。「認めたくはないが、知らざるを得なかった」と言うのが本当のところだ。
認めたくない(強いはずだと錯覚していた)自分と現実との間で、もがき苦しんだ。誰もそんな風には見えないよと言うほど、この世を自ら絶ってしまった友人と対話が可能になるくらいまで追い詰められた。
しかしながら、「新しいことを生み出すパワーはむしろ負の力である」と言う私の過去の経験は、今日萌芽を見せ始めている気がしてきた。今なら簡単に踏み潰されてしまいそうな芽だが、見えない土の中で時々刻々と根を張って生きたい、理想に一歩でも近づきながら、21世紀的なワークライフバランスのあり方について、自分の中で模索を続けて生きたい。今は素直にそう思えるようになった。
梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」は前作のあまりに楽観主義的な主張とは打って変わって、いや、底に流れるものは変わっていないのだが、自分の心や先人の叡智といったい何百時間対話すれば生まれるのだろうと言うフレーズがいくつも発見でき、私は、そのたびに緑のマーカーをひく。
「頭」で読めばこういった批判もあろうが、「心」で読むと私と同じ感じ方の人がウェブで何人も見つかることに、少しだけ嬉しかった。ウェブ進化やWeb2.0は単なるIT用語では済まされないコンセプトを内包し、いま、世代を超えた新たなコミュニケーションを時々刻々と可能にさせている現実感を持って読むことができる。読書という行為をほとんどしない怠惰な私が今年めぐり合った貴重な示唆を与えてくれるバイブルのひとつとなった。感謝(ー人ー)
Web2.0EXPO前夜のMAの輪呑み会も素晴らしかったが、早くも年明け前の新年会が企画されようとしている。SaaS Worldでまた創発が起こることを楽しみにしているし、新しい弱い自分に気がつかせてくれた人たちに本当に感謝したい。
「強くなろうとするな、弱さを知れ」
私は上京中の不安な朝、電車の中でdoodleに叫んだ。弱さを知った自分を認めることで、初めて一歩だけ強くなれたような、そんな気がした。
Free your mind. Don't think you are, know you are.

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